2015_11
29
(Sun)16:00

昨日は、父の命日。

いきなり、59歳で亡くなった父の命日を思いだしました。

亡くなってから、命日を思い出した事がなかった。

父には、小さな頃から中学生まで暴力的な虐待を受けていました。働かない人だったので、お金をもらったのも記憶の中ではたった50円。それでももらった事は残っているものです。

その父が亡くなったと聞いて、寝たきりの母方の祖母の所に言いに行きました。

祖母の目を見た瞬間『本当に亡くなったかどうか、見に行って来るね』と思わず言っていました。

娘がまだ4歳。
パパと夜にお留守番。

母と2人、タクシーで向かいました。
言われた場所に着いても【角田家】の文字がなくて、タクシーを降りて確認に行くと、角田家控室という看板があり、そこに向かいました。

棺桶もなく、全体を綺麗な布に包まれていました。

父の兄弟達が何人かいて、ピンぼけした父の写真。
本当に亡くなったんだと…なぜだか涙が。

帰ってから、祖母に報告しました。
祖母は『ありがとう』と言った事を今でも鮮明に覚えています。

その日は、命日だけど、私と祖母にとってはホッとした日。安心した日。だったと思います。

この日から、道を歩いていても、家にいても父にビクビクするという恐怖心がなくなったんです。
ようやく、自由に生活ができる日になりました

次の月の12月、コンビニの話があり、レジにいても父が来るかもしれないと考えなくていいんだ!と思ったのと、色々なグッドタイミングだったので、ようやく了解しました。

年を明けた2月末にコンビニをオープンし、3月19日に24年間寝たきりの祖母83歳が亡くなりました。

祖母は、父が死なないと私は心配で死ねないと言っていましたが、本当にそうなりました。

祖母のスピリチャル能力があった人だと今なら分かります。そして生きる目的があると寿命までも延ばせるのだと思いました。

父が亡くなってから17年、自由に生きれるようになってから、まだ17年。

普通は子供が生まれた瞬間から、両親からの愛を受けてすくすくと育つ。
当たり前の事がされなかったので、娘には生まれた瞬間から愛しました

(虐待されると、虐待をする親になる事が多いようですが、私はそれだけはどうしてもしたくないという強い意思があり、大丈夫だったのです)

この投稿をみて、私を可哀想と思うなら、波動が違うような気がします。

今の私がなぜ、この投稿を書いているかというと、こういった事があっても、自分自身の気持ちと行動で成長ができるよ~♪と感じて欲しいです

これからも色々な事があると思いますが、平坦な道よりも苦労した方が魂は成長するだろうけど、今は幼少期よりは楽に生きたいです

いつもお読み頂きありがとうございます

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